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生活を見つめなおすこと
原子力発電には反対で、(再処理には特に反対で、)
じゃあ、エネルギー政策どうするの?
って聞かれたら、
(そもそも原子力はエネルギー政策でもなんでもないとは思うけど...)
太陽光発電や風力発電が環境に良いかと言えば、
やっぱり、太陽光パネルや風車を作る時の環境負荷、
また、廃棄時の環境負荷、
電気は貯められないから、電力が余った時に揚水発電所が必要で、
それは山林を切り崩さないと作れないから環境破壊で、
....というの考えるとあんまり環境によいとは思えなくて、
やっぱり、使わないのが一番いいと思います。

電力需要自体を減らすということ。
ちょっと昔の生活に戻るということ。

家庭の電気を節約するだけではなくて、
大量生産をする工場なんかの電気を節約する....つまり
大量消費を考え直す → 減らす方向に持っていくということ。

作れるものはなるべく自分で作る。
簡単にモノを捨てずに直せるものは直す。
ほんとうに必要なモノを必要な分だけ買う。
人にモノをあげる時は(これは一番むつかしい)よく考えて選ぶ。
人からモノをもらう時もよく考えてもらう(これはもっとむつかしい)。

ていねいに暮らす、というのがちょっと前に流行ったし、
それって結局こういうことだよね。
| 雑談 | 10:52 | comments(12) | trackbacks(0) | このページを行き先登録
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(後からのコメントが上に来るようですので、
上から読んで読みやすいように投稿しております。)

>最後と言わず、またいらしてください!
お優しい言葉をいただきました。
こういう議論に勝ち負けはなく、お互いに十分主張して、
それぞれの考えの違いが理解し合えたら終わるのが良いと思います。
これでホントにホントに最後にします。

まず、
>このように意見がキレイに二極化できるとは思いません。

おっしゃるとおりですが、コメント欄なので、表現を簡潔にし、
話しを単純化せざるを得ないことを、どうぞご理解ください。
もちろん「○○ vs ××」のような二者択一式に割り切れる問題ではありませんし、
非常に複雑な問題で、ある側面だけから単純に切り取ることはできません。

また、どんな事でも当然、100%安全などということは有り得ません。
「危険性なし」と書いていますが、健全に運転されている時の放射能放出量について
「ある判断基準から許容される範囲内」としてお読みください。

>すり替えとおっしゃっていますが、
  :
>も、かなりのウェィトを占めるのではないかと思います。

最大の論点である「危険性ありorなし」が抜けているのではないか、と
申しております。

> 危険性があるから反対
> vs
> 危険性があっても地域・国の事情で仕方がないから賛成

は、「危険性あり」が前提です。
「危険性なし」の立場を全く考慮しない、ということです。
六ヶ所村は、自分たちの利益のためなら放射能汚染で人々を危険にさらしてもよい、
という考えで再処理工場を受け入れたことになります。

『ロッカショ 2万4000年後の地球へのメッセージ』という本の帯に書かれた
「日本人は地球を殺すのですか!?」

受け入れた人々は、「地球を殺してもよい」と思っているのでしょうか?
とんでもありません。

反対派(全てとは申しませんが)の六ヶ所村・青森蔑視は、ひどいものです。
再処理工場を認めた者は全て、日本原燃側についた極悪人、という感覚でしょうか。
だから、青森県産物の不買運動や、事実無根の風評被害を起こそうとする、
なんてことが平気でできてしまうのでしょう。

『六ヶ所村ラプソディー』は、
「圧倒的な力と経済力に、普通の人々はどうやって立ち向かっていけばいいの
だろうか。その取り組みを、人々の営みをそしてそれぞれの選択を見つめてゆく。」
という映画です。
「危険性なし」と判断し、共生を選択した人々が、なぜ「立ち向かう」必要が
あるでしょう?

「危険だから反対」か「危険だけど仕方なく賛成」か、ならば
人間のドラマとして描け、映画になります。
「本当に危険かどうか」では、難しい話しになりますし、
一般向けの映画になりません。

六ヶ所村をターゲットにする方が運動しやすいわけです。

「日本原燃ラプソディー」ではなく「六ヶ所村ラプソディー」である理由、
「ストップ!再処理」ではなく「ストップ!ロッカショ」である理由。
並べてみると、よくわかるのではないでしょうか。
| bit_of_mayo | 2008/08/22 1:23 AM |
「ある判断基準から許容される範囲内」と書きました。
「1日で原発1年分」が「許容される」わけがない、と思われるでしょうか。

ならば、何日分までなら許容できるのか?
それをうかがいたいと思います。
そして、その根拠は?

何の意味もなく廃液を捨てるのならば、ほんの少量でも許せないでしょう。
でも、もしも仮に、人類が存続するためにはどうしても放出しなければならない、
という事態になったとしたら、どうでしょう。

許容できるかどうかは、価値との比較で判断されることです。

核燃料サイクルの価値を認めるならば、
自然放射能と比べ無視できる量の放射能放出を「危険性なし」と判断することに、
何もおかしな点はありません。


>もう一点の、「健全に運転されている時に微量放出される
>放射能は問題にならない」科学のご意見ですが、
>それが答えになるように私自身の反対理由も、きちんとブログに
>まとめていないので、おいおい更新していきたいと思います。

それを拝読させていただき、もし何かあれば
またコメントさせていただきますが、
よくある例として、1点だけ。

再処理工場から「1日で原発1年分の放射能放出」されるのは、
トリチウムとクリプトン85で、「生物濃縮」されない核種です。
予測値以下ならば、どう見ても被曝で被害を及ぼす量ではありません。

ところが多くの資料では、その次に生物濃縮の話しが来ます。
わざわざ誤解するように書いてあるので、そう思っている人が多いのです。

濃縮される核種はヨウ素129やプルトニウムなどの重金属ですが、
六ヶ所村再処理工場での処理法は、セラフィールドやラ・アーグと比べ、
2点で大幅に改善されています。
液体廃棄物は、化学処理による沈殿法ではなく、蒸留してから放出されますし、
気体廃棄物は銀系のよう素フィルタでろ過されています。
完全にゼロにはなりませんが、現在のところ可能な限りで
最善の努力が払われていると思います。

以上は健全に運転されている時のことで、事故による「危険性」の問題は、
もちろん有ります。
ただ、核燃料再処理工場と言っても、やっていることは普通の化学工場で、
核反応させているわけではありませんから、原発よりも事故が起きやすい
とする理由が見つかりません。
| bit_of_mayo | 2008/08/22 1:18 AM |
>情報を得る段階でものすごくハードルがあります。
>TVや新聞はほとんど報道していませんから。

再処理についてご存じなかったのは、ただ、関心がなかったからではありませんか?
どちらの新聞をお読みでしょう?何も書いてありませんでしたか?

「国民は事実を知らされていない」…陰謀論者が良く使う手ですね。
原発に無関心だったことへの言い訳として都合がいいので、多くの人が
言われるがままに、そう信じるようです。

原子力ほど、些細なトラブルがニュースに取り上げられる施設はありません。

>みんながみんな、ネット等を駆使して情報をかき集めるのは大変です。

これも、単に、そうしたくなかっただけではありませんか?

反対派の主張を信じ切っていた、あるいは、信じたかった・・・
だから、集めたくなかったのではありませんか?

例えばウィキペディアで「六ヶ所再処理工場」を見れば、
「反対運動については六ヶ所村核燃料再処理事業反対運動を参照のこと」
とあり、そこには反対派の論点とそれらに対する反論がまとめられています。

>再処理工場が作られていること、稼動しようとしていることさえ知らない人も多いです。
>そういう方の、とっかかりとしてまず上映会をしようという考えです。
>再処理を考えるきっかけになってくれればという思いです。

「六ヶ所村ラプソディー」は、映画の中ではどぎつい主張はありませんが、
上映会では、だいたい、おびただしい量の反対チラシが渡されますよね。
tuna様の上映会では如何でしょうか?

この映画の初公開からすでに2年以上経っています。
これを見て「知るところから始めよう」そんな方を、たくさん見てきています。

その後、どうされているでしょう?
多くの方は、「反対」の結論を固定し、反論には耳をふさぎ、
反対のための理由を一生懸命学習されていました。

どうしても、「洗脳」という言葉が浮かんできます。

以下は、あるところからの引用ですが、
「○○の健康影響の判断は宗教や政治の選択とは異なる:
信じたいことだけを信じる人間がいる。
○○は危険であると信じている人は、「○○の影響を見つけた」という研究
報告は、誰が、どのように研究したものでも受け入れる。
しかし、「○○の影響が検出できなかった」という研究報告に関しては、
資金が・・から出ているから、研究者が御用学者だから・・・といって
受け入れない…」
こうなってはいけないと思うのです。
(元の文章では、○○には「電磁波」が入るのですが)
| bit_of_mayo | 2008/08/22 1:16 AM |
>私は、カンペキに理論武装しなければ再処理に反対できない
>というのはイヤだし、そうするべきでないと思うのです。

同感です。
「素人のくせに…」みたいな態度を取る専門家を、誰が信用できるでしょう。

では、tuna様が理論武装なく「反対」される理由は何でしょう?

簡単に言えば、原子力がお嫌いだから、ではありませんか?

「嫌い」というのは、十分な反対理由と思います。
いくら有用なものでも、国民全てがそれを不快と思うならば止めるべきです。

どうしても嫌いだから、自分は反対派として行動する、
そう自覚されていれば良いと思います。

でも、自分が嫌いだから、誰でも嫌いなはず、と決めつけるのは良くありません。
反対が当たり前、容認するのは何か得をする人だけ、という論理につながります。

どうにも嫌いだった相手でも、よく知ることによって嫌いでなくなることが
ありますよね。
そう考えれば、受け入れる人のことも理解できるのではないでしょうか。

推進する側は利点をアピールするのが仕事ですし、
反対運動側は、丹念に欠点を探して突く…それが役目です。

日本の「真面目な」反原発運動には、賛成・反対関係なく感謝すべきと思います。
公開されたデータを細かくチェックし、不備を指摘し、厳しく監視の目を光らせて
いただいたおかげで、これまで、重大な事故がどれほど防がれたでしょう。

私たち一般市民は、賛成・反対の双方の意見を聞き、自分の考えを決めればよいでしょう。
その上で、自分は反対の立場で、反対派側の主張を伝える役目を果たす、と
判断されたならば、結構なことかと思います。

「危険性ありorなし」は自然科学的な判断ですが、
「日本が原子力利用を拡大し核燃料サイクルを推進するかどうか」は政治的判断です。

「政治的」と申し上げているのは、そういう事です。


たいへん長くなり、申し訳ございません。
まるで「荒らし」ですね。

これにて失礼させていただきます。
| bit_of_mayo | 2008/08/22 1:12 AM |
お待たせしてすみません。

bit_of_mayoさん、
こんなに長いコメントをもらったのは初めてです。
嬉しいです。

親子で餃子を作る様子、ほほえましく読ませていただきました。
サンドウィッチの件もなるほど〜です。

上映会に関しては....、
どちらが間違っているとかではなく、
bit_of_mayoさんと根本的に食い違っている部分は、
私は、カンペキに理論武装しなければ再処理に反対できないというのはイヤだし、そうするべきでないと思うのです。

情報を得る段階でものすごくハードルがあります。
TVや新聞はほとんど報道していませんから。
みんながみんな、ネット等を駆使して情報をかき集めるのは大変です。

(逆に簡単に情報を得られる場所があれば、教えていただけると助かります。)

再処理工場が作られていること、稼動しようとしていることさえ知らない人も多いです。

そういう方の、とっかかりとしてまず上映会をしようという考えです。
再処理を考えるきっかけになってくれればという思いです。


> 賛成・反対で主張が分かれている最大の論点は何でしょう?
>
> 再処理工場から放出される放射能が、
> 自然放射能と比べ無視できる量なので、危険性なし
> vs
> 微量でも影響するかもしれず、危険性あり
> というところでしょう。
> ご存じですよね?

このように意見がキレイに二極化できるとは思いません。
すり替えとおっしゃっていますが、

> 危険性があるから反対
> vs
> 危険性があっても地域・国の事情で仕方がないから賛成

も、かなりのウェィトを占めるのではないかと思います。

もう一点の、「健全に運転されている時に微量放出される放射能は問題にならない」科学のご意見ですが、
それが答えになるように私自身の反対理由も、きちんとブログにまとめていないので、おいおい更新していきたいと思います。

最後と言わず、またいらしてください!
| tuna | 2008/08/19 10:54 AM |
お返事遅くなってすみません。
お盆で帰省中で携帯電話からです。
帰ったらきちんと書きますね。m(__)m
| tuna | 2008/08/15 10:32 PM |
最後に、余談を…長くなってすみません。


餃子の皮までは経験ありませんが、子どもが小さい頃、
よく家族全員で作りました。ヒダの折り方に個性が出て、
焼いた後でも誰の作品かわかり、楽しいですね。
刻む時、量を決めるのがたいへんで、少ないと文句がでるし、
多いと、もう餃子地獄…最後は黙々と食べ続けることに。
冷凍しておけばよいものを、作りたてをすぐに焼いて食べるから
おいしい…そんな脅迫観念があったのかしらん。
子どもが大きくなり、面倒くさい…手伝わなくなって、
すっかりご無沙汰です。本当に懐かしく、贅沢だったなあと、
つくづく思います。

そんな素朴なことが贅沢と感じられるのは、やっぱり
普段の生活が贅沢なんでしょうね。
素朴な生活しかできない人々は、そんな風には思わないでしょう。

「bit_of_mayo」は、「マヨネーズを、ちょっとね」の意味です。

アメリカに居た頃、お昼ご飯に、よく職場の近くのスーパーで
サンドイッチを作ってもらいました。
並んでいるものの中から、
「今日はハードロールのパンに、バージニアハムをできるだけ薄く、
それとレタス、トマトは厚めで、味付けは、こしょう、からし、それと、
bit_of_mayo…」
英語でそれを説明するのがたいへんで、間違って伝わったり、
聞き返されてわからず適当に返事をしたり…開けてみたらギャ!
なんてことがよくありました。
個人ごとの趣向が大事なアメリカらしく、多くのスーパーに
こういうコーナーがあって、お客さんが列を作っていました。
(その後日本にSUBWAYが進出してきましたが、オーダーメイド方式も
メニュー化されてきて、ちょっと日本にはなじまない感じでしたね。)
手間がかかる分、サンドイッチにしては値段は高め。
それでも、1人分1食のためにこれだけの材料を買えば
余るばかりですから、私にはreasonableでした。
でも、中国人の同僚に言われたことがありました。
「あそこのサンドイッチを平気で食べられるのは、
日本人がリッチだから。自分には食べられない。」

こちらのブログの記事をいくつか拝見し、何となく
そんなことを思い出して、「bit_of_mayo」という名前で
コメントさせていただきました。

たいへんご迷惑をおかけいたしました。
上映会のご成功をお祈りしております。
それでは。
| bit_of_mayo | 2008/08/13 2:52 PM |
tuna様へ

度々すみません。
決して、嫌がらせをしたいわけではありませんので…
これで、ホントに終わりにします。

>この映画は再処理に賛成とも反対とも表明していません。
>中立的な立場で描かれたドキュメンタリーですよ。

上映会イラストを客観的にご覧になってください。
はたして、そうなっているでしょうか?

「反対」理由がたくさん書かれていますよね。
ひとうひとつ、ご自分で確認され、納得されていますか?

失礼ながら、お気づきでないようですので、もう一言。

賛成・反対で主張が分かれている最大の論点は何でしょう?

再処理工場から放出される放射能が、
自然放射能と比べ無視できる量なので、危険性なし
vs
微量でも影響するかもしれず、危険性あり
というところでしょう。
ご存じですよね?

ところが映画では、
危険性があるから反対
vs
危険性があっても地域・国の事情で仕方がないから賛成
と、論点がすり替えられています。
「危険性あり」は常識、説明するまでもない、ということでしょうか。

日本でも陪審員制度が始まりますが、
無実を主張する被告の言うことを誰も聞かず、
実刑を要求する検察と、情状酌量を主張する弁護人の論争だけで、
公平な裁判、と判断されるようでしたら、ちょっと、不安になります。


もう1点だけ。
長年反原発運動を見ていますが、反対するのは、
事故があれば被害が非常に大きく危険だからです。
健全に運転されている時に微量放出される放射能を
特に問題視したことは、ほとんど記憶にありません。

「1日で原発1年分の放射能放出」
知っている人は、なんだ、ほとんどゼロか、と思います。
知らない人には、非常に大きな衝撃を与えるようですね。
なるほどなぁ…感心します。

意図的ならば、非常に巧妙なトリックです。
しかし多分、鎌仲監督にはそういう意識はないと思います。
監督の科学オンチぶりは、エピソードが話題になったことがありました。
監督ご自身で原子力のような自然科学の問題が判断できるはずがなく、
あるコミュニティでの常識が、そのまま社会一般の常識として通用すると
信じ込まれているだけでしょう。

鎌仲さんは、元々とても純粋で中立的なドキュメンタリー作家でした。
イラク取材の時にそのコミュニティ側の人々に出会って、それ以後、
ご自身でも「気鋭の社会派ジャーナリスト」と名乗られ、
誰がどう見ても、政治的な活動家になられましたね。

>政治的な活動だからどう、と言いたいのか、
それが良いとか悪いとか、どうこう言うつもりはありませんが、
主催される方には、どういう人のどういう映画か、くらいについて
理解しておいていただければ、と思った次第です。


どこか間違ったことを言っておりましたら、ご指摘ください。
| bit_of_mayo | 2008/08/13 2:49 PM |
bit_of_mayoさん、再コメントありがとうございます。

リンクしていただいた情報は、ゆっくり読ませていただきます。
少しお時間くださいね。

手づくりすること自体は確かに私の趣味ですので、
他の方に強く薦めたいというものではありません。
ただ、やっぱり家で作るということは、
容器ゴミを減らせると思うのです。

キレイごとばかり言いやがって〜、
という気持ちであれば、よくわかります。
それでも何か自分にできることを模索しています。

> 『六ヶ所村ラプソディ』の有料上映会を主催するというのは、立派に、政治的な活動ですので、ね。

それから↑の件、ちょっと何か誤解されている気がするのでひとこと....。
政治的な活動だからどう、と言いたいのか、
上映会が政治的な活動なのかもよくわかりませんが、
この映画は再処理に賛成とも反対とも表明していません。
中立的な立場で描かれたドキュメンタリーですよ。
| tuna | 2008/08/12 5:27 PM |
とても不愉快な書き方になってましたね。ごめんなさい。
にも関わらず、たいへんご丁寧なお返事、深く感謝します。

でも、私には、引っかかったのです。

まず第一に、『六ヶ所村ラプソディ』上映会のイラスト。
あの映画で知ってほしい、考えてほしい事というのは、
ああいう事でしょうか?

そしてこの文章…エネルギー問題の実情を理解しないまま、
自分の嫌いなモノ(科学技術的新手法、大量生産)は環境に悪く、
好きなモノ(何でも手作り、みたいなこと)は環境に良いと
都合良く解釈されているように読めました。

政府のエネルギー政策を批判するのであれば、
相手側が主張する必要理由や、背景となる事情くらいは
簡単にでも、把握されておかれてはいかがでしょうか。
例えば:
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/energy-in-japan/energy2008html/

『六ヶ所村ラプソディ』の有料上映会を主催するというのは、
立派に、政治的な活動ですので、ね。

失礼をいたしました。
| bit_of_mayo | 2008/08/11 2:21 AM |
bit_of_mayoさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

何か言い方がまずかったでしょうか....?
エネルギー政策は必要ないと言っているのではなくて、
エネルギー政策が「エネルギーの節約」になるべきだと思っています。

「作れるものはなるべく自分で作る。」というのは、
おはずかしながら、餃子の皮を自分で作ったり...ということです。
それでも、贅沢なことだと思いますよ。
時間と気持ちの余裕がないとできないことです。
毎日とは言いません。
週末などにはぜひ、贅沢しましょうよ♪

でも、勿論、庶民にできることは限られています。
その中でなるべく、ということです。
なるべく高額な国産品を買ったり、人の手仕事にお金を払うことはお金持ちの義務だとも思います。
| tuna | 2008/08/09 9:27 AM |
>電力需要自体を減らすということ。
目覚ましい成長を遂げている発展途上国を含め、
世界全体のエネルギー消費は当分減りませんよね。
国としてそれにどう対処するか…それが、エネルギー「政策」でしょう。
個人できる範囲の努力は重要ですけど、それでは届かない事があるから
「政策」が必要なのではないでしょうか。

また、「大量消費」を考え直すのはもちろん大切ですが、それと
「大量生産」を否定する事がイコールとは思いません。
>作れるものはなるべく自分で作る。
具体的に、何についておっしゃっているのか分かりませんが、
これは、とてつもなく贅沢なことではないでしょうか。
私は貧乏人なので、大量生産されたもので暮らします。
様々な努力で、安く提供してくださった生産者に感謝して。
| bit_of_mayo | 2008/08/08 11:14 PM |









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